26 サンリン君とゴキブリ

 青森大学の留学生サンリン君(総合経営学部2年生)はミャンマー出身の好青年だ。東京キャンパスで勉強に励んでいる。しかし、サンリン君は先月、悩んでいた。ゴキブリが出るのです。ゴキブリは、ばい菌を運んでくる可能性がある。しかし彼はゴキブリを退治できない。小さいころからお母さんに生き物を殺してはいけないと教えられてきたからです。
 悩んだ末、サンリン君は住んでいたアパートを出て、ゴキブリが出ない別なアパートに引っ越した。少し出費がかさみましたが、彼は損をしたというような気持ちは持ち合わせていない、というのです。
 私がこの話を伝え聞いて、本人に直接ズームで話を聞きました。彼は「子どものころ、指に怪我をしてしまい、ひどく痛かった。その時お母さんが、そのくらいの傷でもとても痛いでしょ。虫が殺されるときはもっともっと痛いんですよ、と教えられました」と話してくれました。生きとし生けるものは大事にしなさい、という教えです。彼は日本に来た後もその教えを忠実に守っています。
 話の最後に、彼はこう付け加えました。「先生、僕はゴキブリが嫌いじゃないんです。ゴキブリは好きだけど病原菌を持ち込んでくるというので避けただけです」と強調し、くれぐれもゴキブリが嫌いだと間違(まちが)わないでほしいと繰り返していました。
 目からうろこが落ちる、というか、なにか大事なことを教えられたような気がしました。温暖化をはじめ多くの地球環境問題が深刻化していますが、すべて人間が原因です。人間以外の生き物はゴミを出しません。たとえゴミを出したとしても自然の中で処理できるものだけです。人間だけが公害と言われるものを生み出し、自然の生態系を乱しているのです。
 もっと突き詰めていくと、人間の持つ様々な欲望が膨らんできて制御できなくなっている。それが地球環境問題の原因と言えるのではないか。もっとお金が欲しい、おいしいものを食べたい、長生きしたい・・・と数々の欲望を自制できなくなった結果が世界を揺るがすほどの環境破壊となって私たちに降りかかってきているのです。
 サンリン君の話は小さいことかもしれません。しかし、かなり重要なことを私たちに教えてくれています。おそらく仏教の教えをまだしっかりと身に付けているご両親から、生きることの深い意味を教えられているだと思います。
 私たちには今、この地球しか生きる場所がない。にもかかわらず、人間の都合だけで自然の摂理(せつり)を乱している。そして壊している。それを正すには、人間以外のいのち、存在に目を向ける、ということが必要です。すべてのいのちは、海の中で生まれた発酵型の微生物から始まると言われており、そこから植物、動物というように広がってきたのであって、お互いに何らかの関係があるはずです。
 サンリン君とゴキブリをめぐる話は「人間は自然の一部である」という大事なことを私たち日本人に改めて気づかせてくれたのかな、と思っています。

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