22 春一番

 大学も高校も卒業式が終わり、あとは新学期を待つばかりとなりました。私は昔からこの時期が大好きです。生まれ育った関東では春先に強い風が吹きます。その最初の強風のことを「春一番」と呼びます。
 私にはこの春一番の吹きおろしが非常に心地良く感じられます。子どものころから今も変わりません。卒業ということも関係しているのかもしれません。古いところから新しいところに入る、というか、今までのことは吹っ切って前に進むという感じが何とも心地良いのです。毎年、春一番が吹くと、「よし!やってやるぞ」という気がみなぎってくるのです。
 新学期というのもまた心が躍ります。新しい学校、新しいクラス、何もかもが新しく生まれ変わります。高校を卒業して大学に入ったり、就職したり、大学を出て就職、新しい土地に向かう・・・。一抹(いちまつ)の不安を感じながら、それでも若いころは期待の方が大きいものです。桜をはじめ様々な花が開きます。雪が解けて春が始まります。
 私は小学校に入学した時のことを今でもよく覚えています。家にお金がなく入学前日までランドセルを買ってもらえませんでした。入学式の翌日、母親が何とか工面(くめん)してランドセルを買ってくれました。その日も強い風が吹いていました。中学は私立中学に補欠入学でした。青森とは違い、私のふるさとである横浜では私立に入学する方が難しく、何倍もの倍率を突破しなくてはなりません。私は小学校であまり成績がよくなく、先生からは無理だ、と言われていました。案の定(あんのじょう)、試験ができず、何とか補欠で引っかかったのです。高校はそのまま持ち上がり、大学も私立でした。高校の先生からは浪人してもっと良い学校に行け、と言われましたが、私は山岳部に入ってヒマラヤに行くことだけで頭がいっぱいでしたから先生の言うことは聞きませんでした。
 初めて大学山岳部の部室を訪ねた時の衝撃はかなりのものでした。高校では北アルプスの山が精いっぱいでしたが、大学の部室の正面にはヒマラヤの大きな写真が貼ってありました。誰も登っていないヒマラヤの巨峰に挑む、という夢のような話が現実となって目の中に飛び込んできたのです。この日も春風が吹き荒れていました。強い風に乗って気持ちはもうヒマラヤに飛んでいました。
 その後、山に夢中になり、落第を重ね7年も部室をうろうろし、新聞記者になり、そして今日まで生きてきましたが、あの部室で見たヒマラヤの写真がその後の人生を決めたと言ってもよいでしょう。
 昔、石原裕次郎と言う映画俳優がいました。彼が歌う「風速40メートル」という歌は今でも好きです。「風が吹く吹く・・・みんな飛んじゃえ、飛んじゃえ」といった歌詞ですが、何もかも吹き飛ばし、全く新しい世界を創り出す、という感じで、困ったことに突き当たると歌っていました。今もふと口ずさんだりします。
 春一番、いい響きです。学生の皆さん、新学期を迎え、心機一転、春風に乗って夢を追いかけてください。

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