02 女性が創った青森山田学園

理事長になって青森に来た当時、学校にお金がなくて困っていました。銀行に行っても貸してくれません。青森駅前の新町(しんまち)通り商店街を歩いていても「一億円ぐらい落ちてないかな」と思ったものでした。
そんなある日、前から歩いてきた高校生ぐらいのお嬢さんとそのお母さんと思われる二人連れとすれ違いました。「あれっ」と思った。棟方志功の仏様にそっくりではないか。驚いてそのお二人の顔を見つめてしまいました。相手の方はさぞ「変なジイさんだな」と思ったことでしょう。
それから街を歩くたびに、たくさんの仏様が歩いていることに気が付きました。あっちにも、こっちにも。志功さんの仏様は青森の女性がモデルだったんだ。そう思いました。健康的でおおらかな美人です。
ちょっと古いけど、石坂洋二郎が「青い山脈」で、時代を引っ張る元気な女性を描いた気持ちが分かるような気がしました。
青い山脈に出てくる溌溂(はつらつ)とした女性たちが躍動していた頃、青森の女性たちは教育界でも大活躍していました。青森山田学園の創設者・山田きみ先生をはじめ千葉学園の千葉富江さん、柴田学園の柴田やすさん、東奥学園の大森テルさんなどです。日本には女子大学や短期大学には女性の創設者が多いのですが、四年制大学では女性の創設者はあまりいません。青森の女性の意気込みが感じられます。そういえば日本で一番女性社長が多い県は青森県でしたね。

山田きみ先生はまた、第二次大戦直後から女性の地位向上にも力を尽くしました。当時東京で活躍していた山川菊枝、野村かつ子、市川房江氏らを次々と青森に呼び、講演会を開き、女性の自立を訴えました。山田きみ先生の胸像が青森大学5号館にあります。
山田きみ先生の後を、お嬢様の木村正枝先生が継いで、家政女学校から男女共学の青森山田高校、そして短期大学、大学、大学院(今は募集停止)と教育の場を広げていきました。親子2代の女性が青森山田学園の礎(いしづえ)を築いたのです。
女性が活躍している青森ですが、しかし、青森山田学園の中学、高校、大学と、みんな男子学生が多く、女子は30%ぐらいしかいません。女性が比較的多い分野の青森県ヘアアーチスト、薬学部でも他校と比べると女子学生が少ない。もっと多くの女性に入学してきてほしいです。

このごろ思うのですが、若いころ、学生のころに青森に来ていれば、あの健康的でおおらかな仏様のような女性をお嫁さんにできて、青森に住んでいたかも・・・。70歳になって青森に来たのが遅すぎた。ほんとに。

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