学長ブログ「学長のまなざし」

学長ブログ
2017/06/22 (木)

学長ブログ 2017/06/22 (木)

評論「学びの温故知新」第六十二回 首長と教育委員会

(1)教育委員会法における首長と教育委員会の役割分担
 地方公共団体における教育、学術及び文化に関する事務は、原則として大学及び私立学校に関する事務を除き、教育委員会の権限に属するという制度は、第二次世界大戦後の地方自治の仕組みとして一貫している。ただし、教育委員会と首長(都道府県知事、市町村長等)の権限及び職務の配分等については、変遷がある。
 昭和23年7月に制定施行され、昭和31年9月限りで廃止された、教育委員会法第4条は、第1項で「教育委員会は、従来都道府県若しくは都道府県知事又は市町村若しくは市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)の権限に属する教育、学術及び文化(教育という。以下同じ。)に関する事務、並びに将来法律又は政令により当該地方公共団体及び教育委員会の権限に属すべき教育事務を管理し、及び執行する。」とし、第2項で「大学及び私立学校は、法律に別段の定めがある場合を除いては、教育委員会の所管に属しない。」としていた。
 教育委員会法は、教育行政の自主性を貫くため、教育財産の取得及び処分に関すること、教育委員会の所掌に係る歳入歳出予算に関すること、教育事務のための契約に関すること、教育委員会の所掌に係る予算について支出を命令すること等いわゆる財務事務をも、教育に関する限り、教育事務として教育委員会に分担させることとしていた。例えば、予算案について、教育委員会が毎会計年度、その所掌に係る歳入歳出の見積に関する書類を作成し、地方公共団体における予算の総合調整に供するため、地方公共団体の長に送付しなければならないとするなど、首長と教育委員会の間における二本建の仕組みを設けて、教育委員会の独立性を維持しようとしていた。

(2)地方教育行政の組織及び運営に関する法律における首長と教育委員会の関係
 教育委員会法における予算案や条例案(学校の職員の定数等に関する条例案など)についての二本建制度は、委員の公選制度とともに、地方公共団体に執行機関として置かれる他の行政委員会とは異なる、自立性を保障しようとする特別な制度であった。この二本建制度の下において、一部の地方公共団体においては、首長と教育委員会との間に紛争が生じたこともあり、再検討の要望もあった。
 昭和30年6月に制定された、地方教育行政の組織及び運営に関する法律においては、教育委員会の公選制を廃止するとともに、教育行政と一般行政の調和を進めることを新たな教育委員会制度の主眼の一つとし、教育委員会と首長との権限の調整を図り、教育委員会の教育事務のうちいわゆる財務事務の特定の権限(教育財産の取得及び処分、教育委員会の所掌事項に関する契約の締結、その他教育委員会の所掌事項に関する予算の執行)を首長に移行した。これにより、契約を結ぶことなど教育委員会の所掌に係る事項に関する予算を執行することは、首長の権限となった。これは、首長が予算執行の総括者として適正な運営に責任を持つということであり、教育委員会の所掌に係る事項について処理する主体は、教育委員会であるから、教育委員会が行う事務の内容に対し、首長が介入することはできないし、そのような権限が与えられたのではない。
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律における教育委員会と首長の権限の分担に関する規定については、その後、何度か改正が行われた。
 平成19年の改正は、教育基本法の改正を踏まえ、教育委員会が地方における教育行政の中心的な担い手である教育委員会が、高い使命感を持って責任を果たすことができる体制を充実することを目指すものと説明されており、教育における地方分権を推進するため、地方公共団体の長がスポーツに関すること(学校における体育に関することを除く。)又は文化に関すること(文化財の保護に関することを除く。)のいずれか又は両者を管理し、執行することができるとし、その場合、条例の定めを必要としたものである。この法律改正の中で、第1条の2が追加されている。第1条の2は、地方公共団体における教育行政は、教育基本法の趣旨にのっとり、教育の機会均等、教育水準の維持向上及び地域の実情に応じた教育の振興が図られるよう、国との適切な役割分担及び相互協力の下、公正かつ適正に行わなければならない、と規定する。
 スポーツや文化に関する行政は、生涯学習が重要になってきている時代において、教育・文化行政として、学校教育等とも緊密な連携を取って、総合的に進められる必要がある。したがって、教育委員会の所掌とするのが本来の在り方であるが、首長は、広くまちづくりや地域の活性化のための多彩な事業を進めようとする中で、スポーツや文化にも関わることが政策効果としても大きいと考え、教育委員会に任せることなく、自ら行う事業と位置づけようとすることがある。その場合、地道に人材を育成していくことなどは疎かになり、一時的な打ち上げ花火となる懸念もある。
 学校教育や文化財保護が恣意的に行われることを防ぐため、これらは、教育委員会の所掌から移すことはできないが、首長がスポーツや文化に関し行政の責任を持つ場合にあっても教育委員会の行政との連携を怠ってはならない。
 平成24年の改正は、幼保連携型認定こども園に関する事務は首長が処理するとの規定の追加である。幼保連携型認定こども園は、学校教育と保育を一体的に提供する施設であり、それに関する事務の管理と執行に当たっては、一元的な体制が求められることから、首長の権限としたものである。
 平成26年の改正は、合議制の執行機関としての教育委員会の権限を維持しつつ、首長との連携を強化し、地方教育行政全体における首長の責任を明確にしたものである。具体的には、第1条の3を追加し、地方公共団体の長は、教育基本法第17条第1項の基本的な方針を参酌し、地域の実情に応じ、教育、学術及び文化に関する総合的な施策の大綱を定めるものとし、その大綱の策定についての協議や事務の調整は、首長と教育委員会により構成する総合教育会議を開催して行うことを規定したものである。

(3)教育行政に関する首長と教育委員会のせめぎあい
 教育委員会が首長から独立した行政委員会であることは、戦後一貫して続く制度である。首長は、教育行政に干渉することはできないので、意見の表明などを控えるようになるが、全ての行政に責任を持ちたいと考えると、教育行政の自立性に対し不満を持つようになることもある
 首長の不満を代弁し、後押しするのは、総務省(旧自治省)である。総務省にとって、地方行政の中の教育行政は、教育委員会制度により、独立性を保って運営され、それを文部科学省(旧文部省)が擁護している立場にあるから、中央省庁としての総務省の権限が制限されており、地方自治全体を掌握し、動かすことに支障があると考えるようになる。
 平成18年度から義務教育費国庫負担金の国の負担率が二分の一から三分の一に変更され、制度の根幹は維持された。このような決着になるまで、紆余曲折があったのは、本来、教育政策として検討すべきところ、知事を中心とする地方自治政策の議論を優先する動きがあったからである。この経緯を振り返ってみたい。
 平成16年6月の閣議決定によるいわゆる骨太の方針が、三位一体改革の税源移譲について三兆円規模を目指し、地方公共団体に国庫補助負担金改革の具体案の取りまとめを要請するとしたのが、そもそも問題であった。
 小・中学校を設置する市町村の教育委員会が学校を管理し、教職員の服務監督を行う。同時に、都道府県内の義務教育諸学校の教育水準の維持と教育の機会均等を図るため、都道府県の教育委員会が教職員の任命権を行使し、都道府県が給与を負担する。都道府県内のどの地域の学校にあっても適切な教育が受けられるよう広域的な配慮が必要になる。
 教育論により論じられるべき問題が、地方分権推進のための三位一体改革の問題と位置づけられたことが混乱を招いた。教育の問題について地方公共団体の意見を求めるのであれば、教育委員会の意見を尊重すべきであった。
 三位一体改革についての意見は、平成16年8月、全国知事会、全国都道府県議会議長会、全国市長会、全国市議会議長会、全国町村長会及び全国町村議長会の地方六団体を全国知事会が取りまとめる形で出された。ここに、教育委員会関係の団体は含まれていない。地方六団体の意見とは知事会の意見であった。全国市長会、町村会、三つの議長会も、役員会で会長一任などの了解により知事会の議論に任せたのが実態との指摘がある。知事会においてさえ、負担金の削減に反対ないし慎重な知事が13名あり、意見が付記された。
 全国知事会主導の意見取りまとめは、「つくられた『地方の意見』」(平成18年3月25日朝日新聞 高谷秀男記者)であった。高谷記者によると、「小泉首相は、最大の焦点だった義務教育費国庫負担金の廃止と税源移譲を巡って『地方案を尊重する』と繰り返し、文部科学省を『抵抗勢力』とする地方分権のための戦いを演出した。しかし、市町村議会の過半は文科省にくみしていた。『地方案』は一皮むけば政府主導の歳出削減の道具だった。」これが客観的な見方であろう。
 全国の市区町村議会の64%に当たる1,393議会が負担金の堅持を求める意見書を採択しており、教育委員会関係団体、校長会、教職員組合等がこぞって制度の堅持を求め、一般財源化に反対していた。
 知事会などと総務省との緊密な連携は、平成17年6月20日の記者会見で総務省の香山事務次官が「我々はどちらにしても三位一体改革のために、何が何でも義務教育の国庫負担金についての一般財源化を実現していきたい…」と述べていることからも推察される。
 知事会が執拗に義務教育費国庫負担金の廃止を求めたのは、教育委員会制度により知事の権限が制限され、口や手を出せない領域があることが不満を募らせたという側面もある。知事が主張する地方の裁量の拡大のためには、教育委員会や学校の責任を広げればよい。総務省や知事の立場からは、教育委員会の権限が行財政全般の中で大きな比重を占めているのが鬱陶しいとも推測される。久元喜造総務省大臣官房審議官は、「教育、特に学校教育のあり方は、地方公共団体における首長、議員選挙における主要テーマになっており、『政治的中立の確保』の名分の下に直接公選で選ばれた長のかかわりを極力忌避することが本格的な分権時代にふさわしい対応とは考えにくい」(自治研究 第82巻第3號)と述べている。公選での選任は民意の反映なので、権限を広げるべきとの考えであるが、政治的な中立性や安定性への考察を欠いている。
 都道府県の知事は、都道府県の教育委員会の行う事務に対し直接的に指示、命令を発することはできない。ましてや、市町村の教育委員会を指揮することはできない。教育長及び教育委員会の委員は知事が議会の同意を得て任命する。教育行政に識見を有する人材を知事が教育長に選ぶことで、教育行政の充実が図られる。知事が制度の趣旨を理解し適切な判断を下すには、教育長等が日頃から知事と密接な連絡と相談を行う必要があり、教育委員会の側の努力も重要である。

(4)首長と教育長の連携と信頼の関係
 教育委員会制度が維持されているのは、教育行政における政治的中立性や継続性・安定性の確保が極めて重要であり、首長が広範な事務を処理する中、専門の機関が教育を担当することにより信頼感のある教育行政が確保されるからである。同時に、教育、文化に関わる行政は、地域社会の再生や活性化のための施策と密接に関連し、首長が地域の政策全般の中、文化や教育の一層の充実、振興を図っていくためには、教育長と首長とが意見交換、情報交換を続け、首長が、教育長が率いる教育行政施策を信頼し、支援することができるようにしなければならない。教育長が頼りない動きをしていると、首長は、具体的な方策を指示したり、代わりに実行したくなったりする。首長と教育長が制度の趣旨を十分に理解して、それぞれの責任を果たしながら、協力連携を進めることが肝要である。
 結局は、制度の問題というより、人物の問題であり、首長も教育長も適任者が務めているかどうか、ということではないか。

 青森大学学長 崎谷康文