青森県ヘアアーチスト専門学校 青森山田学園自動車専攻科 青森山田高等学校 青森山田高等学校広域通信制課程 青森山田中学校 呉竹幼稚園 蛍が丘幼稚園 北園幼稚園

学長ブログ「学長のまなざし」

学長ブログ
2017/04/27 (木)

学長ブログ 2017/04/27 (木)

随想「大空を見上げて」第六十一回 入学

 今年は、雪が少なく春の訪れが早い。4月2日は、青森大学の入学式であった。総合経営学部、社会学部、ソフトウェア情報学部及び薬学部4学部に328人の入学者(編入学生8人を含む。)があり、キャンパスは活気にあふれている。校内を行き交う学生が元気に挨拶してくれ、とてもうれしい気分になる。入学式の式辞では、大学は学問の府であり、学問を通じ、人間形成を図っていくことが大切であると呼びかけた。大学は、職業の準備のための機関ではなく、社会で生き抜くために必要な知識と技能を身に付け、新たな課題に挑戦できる人間力を育てる場である。
 1867年(慶応3年)、J・S・ミルが、セントアンドルーズ大学名誉学長就任講演で、「大学は職業教育の場ではありません・・・大学の目的は、熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、有能で教養ある人間を育てることにあります」「大学は、全ての知識を人生を価値あるものにする主要な手段として与えねばなりません」と述べた原理は、現代の大学にこそふさわしい。
 「人生論ノート」を書いた哲学者三木清は、昭和14年6月に「大学は単なる職業的知識以上に、『教養』を与えねばならぬと云うのは正しい。教養とは職業人として必要な知識でなく、あらゆる職業人が人間として有せねばならぬ普遍的な知識である。かかる普遍的な知識の学校であることによって大学はuniversitasの意義を有し得るのである」(「大学改革の理念」「三木清大学論集」講談社文芸文庫)と述べている。これも今の大学にあてはまる。
 青森大学は、職業のための大学ではなく、人生のための大学として、「生涯をかけて学び続ける力」、「人とつながる力」及び「自分自身を見据え、確かめる力」という3つの力を学生が身に付けることができるよう、教育を行っている。
 今年度から経営学部の名称を総合経営学部に変更した。学年進行による変更ではなく、全学年一斉に変更した。青森大学が昭和43年に設置された時は経営学部1学部の単科大学であった。その経営学部は、経営学、経済学、商学に関する基礎的な知識・技術を教授し、企業人として必要な理論的、実践的な能力を培い、地域の経済社会を担うことができる人材の養成に努め、経済のグローバル化や情報社会の進展などに対応し幅広い学びができるようにしてきたが、近年のスポーツ産業などの進展に応じてスポーツビジネスコースを設け、保健体育の教員免許状の取得ができるようにするなど、一般の経営学部の枠を超える広がりを見せていた。このような状況を考慮して、より適切に学部の内容を示す、総合経営学部という名称にした。
 近年の経済社会の高度化・複雑化に対応し、専門科目の授業の方法の改善を進めており、名称変更の機会にさらに教育研究の改革を促進し、総合的・多角的な視点で課題を捉え柔軟で創造的な発想・解決法を提案できる人材を育成するという使命を達成していきたい。総合経営学部の教育研究活動、特に地域貢献活動の充実・活性化を進め、社会学部、ソフトウェア情報学部と薬学部との連携を深め、青森大学は、活力あふれる健康長寿社会を構築していく拠点とならなくてはならないと考えている。
 青森大学は、文系・理系の揃った総合大学の強みを生かし、教養科目を再構築し、教養コア、技能コア、創成コアから成る基礎スタンダード科目を必修中心に組み立て、人間性と確かな教養を培い、広い汎用能力を育てる教育を進めている。そして、各学部の専門教育の改善工夫により、社会の実態に学び、高い専門性を持って、新たな課題に挑戦し、解決していくことができる人材の育成を行っている。青森大学の教育改革により、学生の主体性を引き出す教育が次第に成果を上げてきていることは実に喜ばしい。

 中庭にこぶしの白い花が開いたと思えば、桜がほころび始めた。春分(3月20日)から、清明(4月4日)、穀雨(4月20日)と節気が進んできていることが実感される。日の出が早くなり、春はあけぼのという気分がよく分かる。
 清明で思い出したのは、平成17年の国立劇場おきなわの組踊の研修生の養成研修開講式に参加した時、沖縄では、清明から2週間ぐらいのシーミー祭(清明祭)という、先祖供養の行事を行うことを知ったことである。清明祭は、お墓の前に親戚が集まり重箱に入った御馳走を食べたりする、旧正月やお盆と並ぶ大きな沖縄の伝統行事である。
 沖縄の伝統芸能「組踊」は、琉球王府の踊奉行(おどりぶぎょう)の玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が創始した、せりふを主として歌と踊りで筋を運ぶ沖縄独自の歌舞劇であり、初演は、1719年、尚敬王の時、中国からの冊封使歓待の重陽之宴の際の「執心鐘入」「二童敵討」「女物狂」「銘苅子」「孝行の巻」であった。この5つの演目が朝薫の五番と呼ばれる組踊の代表的作品である。
 組踊は、琉球処分(廃藩置県)により役者であった士族が禄を失ったとき、そして、沖縄戦と敗戦、米国の統治下と、危機が続く中、熱意ある人達の努力で継承されてきた。国立劇場おきなわが平成16年に開場し、公演事業に加えて、伝承者の養成が重要な事業として始められた。
 組踊は、役者である立方(たちかた)(女性の役も男性が演じる)と、三線、筝、胡弓、笛、太鼓の楽器を演ずる、地方(じかた)が3年間の研修を受け、伝統芸能「組踊」を支えていく人材に育っていく。今年からは第5期に入っている。
 第1期の組踊研修の開始に当たって、第1期生の意欲がとても素晴らしいと感じたので、琉球の伝統的な「琉歌」の形式で、詠んでみた。
 若者の心 素直なるままに 組踊の夢 持ち続けて
 朝薫が作る 伝統の花を 咲かせんと励む 稽古うれし

 八・八・八・六の琉歌は、沖縄の言葉(うちなーぐち)を使うからこそぴったりと似合う形になる。標準語ではなかなか大変である。当時の国立劇場おきなわ運営財団の大城學氏(現琉球大学教授)に添削していただいた。
 若者の心 真白正直さめ 組踊の夢 保ち行けよ
 朝薫が御作 受け取てど花や 咲かち嬉しさよ 稽古はまら

 読み方はつぎのとおり。
 ワカムンヌククル マシラマクトゥサミ クミヲゥドゥイヌユミ タムチイキヨ
 チョウクンヌミサク ウキトゥティドゥハナヤ サカチウリシサヨ チイクハマラ
 志を持った若者が夢と希望に向かって一途に励む姿は美しい。

 今の青森大学について詠むと、
 青森大学 花咲く学び舎 夢満ちあふれて 意気は燃える
といった感覚であろうか。

          春愁や雨の象潟ゆめごこち        
               平成29年4月          崎谷 康文