学長ブログ「学長のまなざし」

学長ブログ
2017/07/31 (月)

学長ブログ 2017/07/31 (月)

随想「大空を見上げて」第六十四回 文化と経済

 通商産業省(現経済産業省)に勤務していた友人が、文化は目的であり、経済は手段である、とよく言っていた。経済優先になり過ぎて人間を忘れるようなことがあってはならないと戒めていたと思う。財政が機能し、経済活動が活発になることは重要であり、それも目的であると考えることはできるが、それらは、社会の安定や人間生活の豊かさを実現するための手段であると考えることが正しい。
 山本幸三地方再生担当大臣が、4月16日、学芸員が文化財を観光資源として活用することに反対しているということを念頭に、「一番のがんは文化学芸員。観光マインドがない。この連中を一掃しないとだめですね。」と発言し、批判を受け、翌日、撤回するということがあった。
 近年の経済情勢を反映して、文化や文化財が観光など経済的利益を生み出すものでなければならないと考える傾向が強くなっている。文化が経済に関わるものであることは疑いないが、本当に大切なものは何か、間違ってはならない。
 平成13年に文化芸術振興基本法が議員立法により制定された。平成14年12月の文化芸術の振興に関する基本方針は、文化を「人間が理想を実現していくための精神活動及びその成果」と捉え、文化の意義について、(1) 人間が人間らしく生きるための糧、(2) 共に生きる社会の基盤の形成、(3) 質の高い経済活動の実現、(4) 人類の真の発展への貢献、(5) 世界平和の礎であると説明している。
 質の高い経済活動の実現という言い方により、文化が経済活動の内容や評価を高めることに影響を与えることを前提として、文化と関わりのある経済活動を求めようとする考えが示されていた。
 文化芸術の振興に関する基本方針は、その後、平成27年の第4次の方針まで、ほぼ5年ごとに改定されているが、重要事項は注意深く記載されているものの、その間の文化政策の変化をふまえ、次第に、文化庁以外の他省庁の施策や経済活動等に関連することが盛り込まれるようになっている。
 第4次の基本方針は、5つの重点戦略として、(1)文化芸術活動に対する効果的な支援、(2)文化芸術を創造し,支える人材の充実及び子供や若者を対象とした文化芸術振興策の充実、(3)文化芸術の次世代への確実な継承,地域振興等への活用、(4)国内外の文化的多様性や相互理解の促進及び(5)文化芸術振興のための体制の整備を示している。
 ところが、昨年11月、文化審議会は、文化庁の京都への移転、平成22年(2020年)の東京オリンピック・パラリンピック競技大会を契機とする文化プログラムの推進による遺産(レガシー)の創出という課題を踏まえ、まとめたと称する「文化芸術立国の実現を加速する文化政策(答申)―「新・文化庁」を目指す機能強化と2020 年以降への遺産(レガシー)創出に向けた緊急提言―」を発表した。文化庁の京都移転を好機と捉え、文化政策を刷新し充実させようとする意図があったとは思うが、かなりの程度拙速である。
 答申は、文化庁のあるべき姿として、「文化庁は、これまで、我が国の有形・無形の文化芸術や文化財の保護、保存、継承とともに、独創性のある新たな文化芸術の創造・発展の推進を基本的な使命としてきた。この使命は、これからも変わらぬものである。しかし、今、正に求められているのは、今ある文化芸術や文化財を国民・社会の宝として、より活用していくことと、文化芸術の領域を広げ新しい文化の創造を促進していくことである。」と言い切っている。これは違うと強く感じる。大切なことは何か忘れてしまっている。
 文化財保護は、文化財の価値を継承するための十分な保存を前提に、可能な限り活用を図っていくべきものであり、これは、文化財保護法にも明確に示されている。文化財保護法第4条第2項は、「文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。」と規定する。保存が第一で、その上で積極的な活用を図るという考え方が明確であり、より活用していくことと新しい文化を創造していくことが文化政策の最優先の課題とすることは極めて危険である。
 答申は、「生活文化をはじめ文化を広く捉えつつ、ポップカルチャー、科学技術や産業等と結び付き日々生み出される文化も含め、新しい文化が日本の伝統文化とつながりながら創造される社会を目指す」「文化芸術資源の活用により生まれた社会的・経済的価値等を、新たな文化芸術活動の振興へと還元するという好循環を創り上げていく」「文化財を生かしてまちづくりや地域づくりにつなげるとともに、観光振興にも資するよう、文化財単体ではなく、地域に所在する文化財等を地域固有のストーリーも加味しつつ総合的に活用すべきである。このため、地方公共団体が計画等に基づいて一元的に文化財の保存や整備、活用等を図ることのできる取組を進める」というように、文化財の活用や新たな文化の創造により経済活動を活性化させるという考え方を繰り返し述べている。
 およそ文化政策は、文化財の保護により我が国の歴史遺産や芸術文化の価値を継承していくことと、新しい文化が持続的に創造され、国民が幅広く文化を享受し、また担い手となっていくようにするという大きく二つの領域から成る。新しい文化の創造という面については、自主性、創造性を守るためにも、抑制的な姿勢が肝要である。
 本年6月、文化芸術振興基本法が改正された。法律名が「文化芸術基本法」となり、「文化芸術の振興に関する政策を総合的に推進する」という法律の目的が「文化芸術に関する政策を総合的かつ計画的に推進する」と変わり、政府が策定すべきものは、「文化芸術の振興に関する基本的な方針」から「文化芸術に関する施策の基本的な計画」となった。これまでは、文化活動の性格を踏まえ、振興に関する基本的な方針であったのが、施策に関する基本的な計画となった。文化をも行政計画に組み入れようとすることは、自由な民主主義の国にふさわしいことなのか、よく考えてみる必要がある。
 改正法の第2条第10項は、「文化芸術に関する施策の推進に当たっては、文化芸術により生み出される様々な価値を文化芸術の継承、発展及び創造に活用することが重要であることに鑑み、文化芸術の固有の意義と価値を尊重しつつ、観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策との有機的な連携が図られるよう配慮されなければならない。」と規定する。文化が観光、まちづくり等の手段としてのみ考えられているのではなく、有機的な連携を図ろうとするものであるが、このような条項を理由に文化政策が変容を求められても困るのではないか。
 ポーランドのクラカワで開催されていた世界遺産委員会において、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が世界遺産に登録された。イコモスの勧告から外されていた遺産も含め全て登録されることとなった。登録決定後、沖ノ島を管理する宗像大社は、女人禁制を引き続き維持することは当然として、現地大祭への一般人(男性)の参加を来年から取りやめることを決定した。学術調査をする研究者や神社関係者の上陸は今後も認めるとのことである。
 この例からも分かるように、文化遺産は、そこにあることによって価値があるのであり、利用できるから価値があるとは言えない。三内丸山遺跡などの史跡も、後世の調査を待っている土地も含めて貴重な価値がある。明治17年にアーネスト・フェノロサが法隆寺夢殿の救世観音の開扉をしたから文化財になったのではなく、秘仏として保存されている間から文化財の価値があった。フェノロサが開扉したのは、観光などの経済のためではなく、文化の理解のためであり、文化財の価値を守るための行為であった。
 本年6月の閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2017」の次の記述には驚く。文部科学大臣は、どのような見解を持っていたのであろうか。
「(5)新たな有望成長市場の創出・拡大
① 文化芸術立国
「文化経済戦略(仮称)」を策定し稼ぐ文化への展開を推進するとともに、政策の総合的推進など新たな政策ニーズ対応のための文化庁の機能強化等を図る。2020 年までを文化政策推進重点期間として位置づけ、文化による国家ブランド戦略の構築と文化産業の経済規模(文化GDP)の拡大に向け取組を推進する。文化芸術活動に対する効果的な支援や子供の体験・学習機会の確保、人材の育成、障害者の文化芸術活動の推進、文化プログラムやジャポニスム2018等の機会を捉えた魅力ある日本文化の発信を進めるとともに、国立文化施設の機能強化、文化財公開・活用に係るセンター機能の整備等による文化財の保存・活用・継承、デジタルアーカイブの構築を図る。
また、我が国の誇るマンガ、アニメ及びゲーム等のメディア芸術の情報拠点等の整備を進める。」
 経済・財政政策の方針であっても、文化の性格に十分配慮すべきであり、ましてや、「稼ぐ文化への展開」というような考え方は不適切であると言わざるを得ない。
 文化政策において優先されるべきは、文化財保護政策である。近代の文化財をはじめ文化財の価値は一旦失われると取り戻せない。観光等に活用されるときには、保存への機運が高まっていくことにつながらなければならない。
 文化は、人間の生活に潤いと心のよりどころを与えるものであり、古来、連綿と形成されてきた我が国の文化は、誠実や勤勉、思いやりの心、自然を敬い溶け込もうとする精神などを大切してきた日本人の誇りであり、表面をなぞるだけでなく、理解を深めていく努力が必要である。

          同じようでどこか新たな夏祭り    
                 平成29年7月           崎谷 康文