学長ブログ「学長のまなざし」

学長ブログ
2017/10/11 (水)

学長ブログ 2017/10/11 (水)

評論「学びの温故知新」第六十六回 武道と教育

(1)武道の必修化
  平成24年度から実施の中学校学習指導要領の保健体育では、1年と2年の男女ともに武道を必修とし、3年で選択履修とした。
 これまでは、1年の保健体育で、「武道」又は「ダンス」のいずれかを選択履修させ、2年と3年で「球技」「武道」「ダンス」のうち2つを選択し履修させていた。武道は必修ではないが、1年で「ダンス」、2年で「球技」と「ダンス」を選択する場合以外は、「武道」を選択し履修するので、実際上、男子の多くは、武道を選択していた。
 改訂された平成24年度からの中学校学習指導要領では、1年と2年で「体つくり運動」「器械運動」「陸上競技」「水泳」「球技」「武道」「ダンス」「体育理論」の8領域すべてを必ず履修させ、3年では「球技」と「武道」のまとまりから1領域以上を選択して履修することになった。これにより、1年と2年は、男子も女子も「武道」を履修することとなる。柔道、剣道、相撲のうち、どの武道を選択するかは、各中学校の判断に任され、また、弓道やなぎなたなど他の武道の選択もできる。
 学習指導要領では、保健体育の年間標準時数は、従来の90単位時間から105単位時間に増加し、このうち「器械運動」「陸上競技」「水泳」「球技」「武道」「ダンス」に割り当てられるのは79単位時間で、平均すると「武道」に割り当てられるのは13時間程度になる。
 これまでの状況を振り返ると、昭和33年の中学校学習指導要領の体育では、体育の領域に格技としてすもう、柔道、剣道が位置づけられ、男子生徒にはいずれか1種目を指導するものとされた。昭和35年の高校の学習指導要領の体育では、男子生徒はすもう、柔道、剣道のうちから1種目以上を選択するとされた。この当時、中学校・高校の男子生徒は、すもう、柔道又は剣道を学んだ。平成元年の中学校学習指導要領の保健体育及び同年の高等学校学習指導要領の保健体育では、格技は、武道と改称されたが、ダンスや球技との選択となり、武道を教科では学ばない生徒が生じることとなった。
 全ての生徒に対し武道が必修化された中学校学習指導要領の平成24年度からの完全実施へ向け、武道教育に関わる施設、指導者、用具などの確保と充実が必要となり、文部科学省は、公私立の中学校の武道場整備のための交付金や補助金、指導者の養成・確保のための地域連携指導実践校や教員の武道講習会などの事業を進めてきている。

(2)武道の意味と歴史-特に、占領下の抑圧
 徳川幕府が大名を統制するために定めた武家諸法度は、「文武弓馬の道、専ら相嗜むべき事」と始まる。為政者としての人間形成にあっては、学問の道とともに武芸の道に励み両立させることが大切であるとした。江戸時代には、武術の様々な流派が独自の型や理念を形成し発展させた。比較的平和な時代にあって、剣術、柔術、弓術などの武芸は、戦闘の際の実用的な技の面だけなく、精神の鍛錬や錬磨の手段と考えられるようになってきた。
 明治に入り、武士の身分がなくなったので、武術は衰退の危機に瀕したが、嘉納治五郎が柔道を創始し、また、日清戦争の頃から、日本の伝統や文化を見直し評価する動きが強まったことなどもあって、古来の武芸は、精神修養や教育のための意義を重視しつつ、武道として、新たな発展の道を歩み始めた。武道は、第二次大戦前の中学校などの学校体育(体操科・体練科)にも取り入れられた。技術の習得を通じ身体精神を鍛錬し、質実剛健の武道精神を涵養しようとすることが目標とされた。
 昭和20年11月6日、文部省は、文部次官通牒により、学校での体錬科武道(剣道・柔道・薙刀・弓道)の授業と部活動の中止を通達した。さらに、12月26日、学校教育の一環ではなくとも、学校内の道場などで個人が練習することを禁止する通牒を発した。文部省は、9月に、GHQ(連合国最高司令官総司令部)CIE(民間情報局教育部)に対し、武道の総括的名称を廃止し、国民学校では体操の内容に取り入れ、中学校以上では柔道、剣道のいずれかを選択させるなどの案を懇請したが、GHQが認めなかったという経緯もあった。武道禁止の理由としては、武道が戦前より超国家主義、軍国主義の温床となり、武道の技術が軍隊の鍛錬に応用されたことなどが示されたが、江戸時代から明治以降に発展してきた武道の本質を理解しないものと言わざるを得ない。
 我が国は、昭和27年4月28日のサンフランシスコ平和条約の発効により独立したが、占領期間中の昭和25年9月にGHQから文部省に対して学校柔道の解禁が通達され、これを受け、10月に文部次官通知が発せられ、学校の体育教材として柔道が再開された。その後、昭和26年には剣道、28年には弓道が学校体育の教材として復活した。その理由について、文部省の「学制百年史」は、「体育の内容から除かれた武道は、その後、競技方法も改められ、軍国主義的な色彩がなくなり民主的なスポーツとしての性格・内容をそなえるようになったので、」と記載するが、本来の武道は、軍国主義的でも好戦的でもなく、心身の鍛練を基本とするものであり、軍国主義的な色彩がなくなったのではなく、誤解が解けたと言うべきであろう。逆に、武道の本質を強調せず、スポーツであると見せることにより、やっと復活したと言える。
 武道とスポーツとの違いについて、たとえば、ドイツの哲学者オイゲン・ヘルゲルは、「日本人は弓を射ることを一種のスポーツと解しているのではない。・・・徹頭徹尾、精神的な経過と考えている。・・・弓を射る「術」とは、主として肉体的な修練によってだれでも多少は会得することができるスポーツの能力・・・ではなく、・・・純粋に精神的な的中に目的が存する能力、したがって射手は実は自分自身を的にし、かつその際おそらく自分自身を射中てるに至るような能力を意味している」(「日本の弓術」岩波文庫)と説明している。嘉納治五郎は、柔道の修行目的を体育・勝負・修心とし、それらを達成する方法として乱取・形・講義・問答を定めた。武道の極意とは、身体能力や技の練達と人間としての成長が不可分密接に同時に行われることではないだろうか。
 今後の武道教育については、武道が我が国の伝統文化としての特性を持つことを十分に理解して技術を習得するべきことを教える必要がある。我が国の文化を身に付けて国際社会に羽ばたく人材を育てる上でも武道の役割は期待される。武道には、伝統的に精神面を重視する考え方が貫かれており、技の練磨とともに、礼儀作法を正しく行い、いたずらに勝敗にこだわらず、相手を尊重する態度を示すことや正しい権威に従い規則を守ることなどを教える必要がある。オリンピックの種目でもある柔道を始め武道は、世界の人々に受け入れられているが、ただ広がればいいのではなく、武道の本質を日本人自身が正しく理解し発信することが肝要である。そのためにも、中学校武道の必修化の意義は大きい。

(3)柔道の教育と安全対策
 武道の必修化実施の1年ぐらい前から直前にかけて、特に柔道は、死亡事故も多く危険であるので、安全確保の徹底を図るべきである、安全対策が不十分なままでは実施を見合わせるべき、などの論議が起こった。
 平成24年1月24日の朝日新聞社説は、安全対策が不十分なら必修化の実施は先送りすべきだ、と主張し、2月12日の毎日新聞社説も、「柔道が危険なのではない。医学的知見を欠いた経験頼りの指導と、事故が起きても原因究明がなされず、再発防止策もとられないという環境こそが問題なのだ。まずは必修化を延期したうえで、部活動も含めて国民が納得できる安全確保の仕組みを構築しなければならない」と述べ、柔道の必修化の延期を求めた。
 文部科学省は、武道の必修化に当たり、特に、柔道について危険ではないのかとの指摘を受け、関係団体等と連携を図りながら、対策を進めた。平成24年3月9日付けのスポーツ・青少年局長から各都道府県・指定都市教育委員会教育長宛の依頼文書「武道必修化に伴う柔道の安全管理の徹底について」は、柔道の授業の開始前に、①一定の指導歴又は研修歴を持った教員が指導に当たる体制か、あるいは適切な外部指導者の協力を得る体制か、②3年間を見通した、学習段階や個人差を踏まえ、段階的な指導を行うなど安全の確保が十分留意された計画か、③施設設備及び用具の安全が確保されているか、④事故が発生した場合の応急措置や緊急連絡体制など対処方法について関係者間の認識が共有されているか、を確認することを求め、これらが満たされるまでは柔道の授業を実施しないよう要請した。
 この指導通知には、文部科学省が設置した調査研究協力者会議の議論等を踏まえ、作成された「柔道の授業の安全な実施に向けて」が添付されており、安全管理のための具体的な注意事項が示されている。実際の授業において安全な指導を行う上での留意点として、生徒の体調等に注意すべきこと、多くの生徒が初心者であることを踏まえた段階的な指導が必要なこと、頭を打たない・打たせないための受け身の練習をしっかりとすること、固め技は抑え技のみを扱い、絞め技や関節技は指導しないこと、しっかりと受け身を身に付けさせた上で、生徒の状況に合った投げ技の指導をすることを掲げている。投げ技については、学習指導要領解説が示す、体落とし、大腰、膝車、大外刈り、支え釣り込み足、小内刈りの6つの技は例示であり、すべての技を取り扱う必要がないとしている。大外刈りなどの技は例示であり、すべてを指導する必要がないことを明示したことは適切である。
 各都道府県教育委員会等において、文部科学省が示したもの以上に安全対策を進めることが可能である。大外刈りなどは指導しないなどの考え方を打ち出すところもある。文部科学省は、今後、柔道の指導体制を調査した結果について、報告会・情報交換会を開く予定である。実施状況を見極め、指導の徹底を図る必要がある。
 学習指導要領は、1年及び2年で、「技ができる楽しさや喜びを味わい、基本動作や基本となる技ができるようにする」ことし、3年で、「技を高め勝敗を競う楽しさや喜びを味わい、 得意技を身に付けることができるようにする」ことを指導内容としている。
 柔道など武道は、単なるスポーツとは異なり、我が国の伝統文化であって、心身の健全な育成を図るためのものであることを正しく理解させることが教育の目標である。この基本を忘れてはならない。競技の勝敗は結果に過ぎず、大切なのは、攻防の技が上達していくことを実際に感じることを楽しみ喜ぶことである。武道においては、試合が終わったとき、勝っても負けても感情を抑えて静かに礼をすることができる心を身に付けさせることが重要である。武道が伝統文化であることを知識として教えればいいのではなく、心身で感じさせ、人間としての成長こそが大切なことを自覚させる必要がある。
 部活動の場合、勝敗を競うことがある。勝敗を競うことは意義があるが、それだけを目標とするのではなくではなく、勝っても負けても平静な精神を保つことが大事である。
 教科の指導の目標として、武道について勝敗を競う楽しさや喜びを感じさせることまでが必要であろうか。中学生に武道を正しく学ばせたい。

 青森大学学長 崎谷康文